
GREEN EXPO 2027ファンサイト「横浜花博 番記者」運営者のKeiichiです。
横浜生まれ・横浜育ち(幼少のころ少し横須賀にいたことも)、現在は横浜市の南のほう在住。
高校2年生の娘と中学3年生の息子がいる、2児の父です。
経歴・肩書
大きく2つの顔があります。
- 法人代表理事(小学校高学年〜中学生対象に、自立キャンプや「石垣島7日間生活」「世界自然遺産・野生動物探し」、スポーツ麻雀部などを提供)
- Webメディアの課題解決スペシャリスト(個人事業主)
ファンサイト「番記者」運営に直接関係するのは2番目ですね。
自身での取材・撮影・執筆はもちろん、コンテンツ制作指揮、10〜20人規模の編集部マネジメント、ライター育成など、メディア運営の舵取りを約15年担ってきました。
ディズニーをテーマに、ほぼゼロからスタートし、当時としては国内最大級(500万PV/月)のメディアに成長させた実績もあります。
正確には数え切れませんが、制作に関わった記事は数千、それらの読者数はのべ1000万人は越えているはずです。
現在も外部の助っ人として、企業オウンドメディアのSEOやLLMO、コンテンツ制作指揮全般を受託。生成AIの浸透で急激に様変わりする、Webメディア業界の最先端で、仕事をしています。
ファンサイト運営の背景
1989年 横浜博覧会から始まる記憶
個人的に、GREEN EXPOのような大型催事の記憶は、1989年の横浜博覧会までさかのぼります。
当時は小学生で、細かい記憶はほとんど残っていません。
祖父?家族?に連れられ人混みの中へ出かけたこと、なにやら人々の中に熱を感じたことを、薄っすらと覚えているだけです。
ああ、観覧車コスモクロック21は横浜博でできましたよね。
あと、ゴンドラがあったのもわずかに覚えています(いま桜木町 – ワールドポーターズ間にあるものとは別で、横浜そごうのあたりから出ていた)。
横浜博をきっかけにみなとみらい地区が整備され、今に至るので、横浜の発展を語るうえで欠かせない催事だったという印象は、大人になってから後天的に強まっている実感はあります。
一生記憶に残るだろう大阪・関西万博
以後30年ほど、取り立てて万博や博覧会に興味を持つわけではありませんでした。
大きな転機になったのが2025年の大阪・関西万博です。

私一人なら、地理的な遠さもあり、あまり気にとめなかったかもしれません。
しかし、興味を持つことにかけては天賦の才がある娘(当時高1)が、「ぜひ行きたい」と強く要望。
開幕して間もない4月に弾丸で行ってきました。
ひとことで言うと「良かった」なのですが、
それ以上に、高1の娘が夢中・熱中・大満足で、
「もし近所での開催だったら通期パスで学校帰りに通ったと思う」
と発言するほど。
むしろこの娘の反応に気づかされるものがあったような気がしています。
こうした催事には、その時代の先進の取り組み、先進の技術、先進の考え方があり、「博覧会」という性質から、常に驚かせてやろうという気概が存在しています。
これが非常に “性に合っている” と感じるんです。
大阪・関西万博は、東京ディズニーリゾートに100回以上(数えてない)行っている私にとっても、おそらく一生忘れないだろう体験になりました。
冒頭の横浜博覧会の原初の記憶も刺激され、
「関西は遠かったけれど、次に横浜博覧会のような機会があったらもっと積極的にかかわろう」
と。
そしてすぐに「そういえば……」と、近所で開催されるGREEN EXPO 2027の開催に気づき、密かに心の準備をしていました。
運営方針
「横浜花博 番記者」は、非公式ファンサイトとして、一切の収益(AdSenseやアフィリエイト等)を排除して、個人で活動を行います。
通期パス代も、交通費も、飲食代も、すべて自費です。
アフィリエイト目的のサイト運営や、インフルエンサー的な活動を行う方も増えており、ライバルの多い現状ですので、公式サイトを見ればわかることよりも、
- 取材経験豊富なプロ(番記者)による、現地の生きた情報
- レジャー、エンターテイメント、テーマパーク業界の豊富な知見からの独自分析
- 横浜市民だからこそのローカルな視点
このような情報発信をしていきます。
私なりに積極的にかかわろうとするならば、長年やってきたメディア活動がベストだろうと、こう思っている次第です。